由来
招き猫の由来にはいくつかの説がある。
·豪徳寺説
東京都世田谷区の豪徳寺が発祥の地とする説がある。
江戸時代に彦根藩第二代藩主・井伊直孝(1590年3月16日- 1659年8月16日)が鷹狩りの帰りに豪徳寺の前を通りかかった。そのときこの寺の和尚の飼い猫が門前で手招きするような仕草をしていたため寺にたちより休憩した。すると雷雨が降りはじめた。雨に降られずにすんだことを喜んだ直孝は、後日荒れていた豪徳寺を建て直すために多額の寄進をし、豪徳寺は盛り返したという。
和尚はこの猫が死ぬと墓を建てて弔った。後世に境内に招猫堂がたてられ、猫が片手をあげている姿をかたどった招福猫児(まねぎねこ)がつくられるようになった。ちなみに、この縁で豪徳寺は井伊家の菩提寺となったといわれる。幕末に桜田門外の変で暗殺された井伊直弼の墓も豪徳寺にある。
なお、この猫をモデルとしたもうひとつのキャラクターがひこにゃんである。
·自性院説
東京都新宿区の自性院が発祥の地とする説がある。
ひとつは、江古田ケ原の戦い(1476年~1478年ごろ)で、劣勢に立たされ道に迷った太田道灌の前に猫が現れて手招きをし、自性院に案内した。これをきっかけに盛り返すことに成功した太田道灌は、この猫の地蔵尊を奉納したことから、猫地蔵を経由して招き猫が成立したというもの。
もうひとつは、江戸時代中期に、豪商が子供をなくし、その冥福を祈るために猫地蔵を自性院に奉納したことが起源であるとするもの。
他にも、東京都豊島区の西方寺起源説、民間信仰説などいくつもの説があり、いずれが正しいかは判然としない。
招き猫の現在
縁起物の一種である為、お正月に新調する家庭も多く、神社周辺では熊手同様、屋台販売されることが多い。また商人文化の発達した地方の門前町では招き猫の専門店なども存在し、大小数多くの招き猫を取りそろえている店もある。
名産地は群馬県の高崎市近郊などで、達磨とともに、同じ製法で生産されている(木型に和紙を張る「張り子」によるもの)。他に陶磁器製のものなどもあり、更に近年はプラスチック製品なども登場し、今でも毎年数多くの招き猫が流通している。