風の万里 黎明の空(上) 十二国記
序章
1
元気でねえ、と母親は|目頭《めがしら》を押さえた。父親も二人の兄もむっつりと押し黙っていた。妹も弟も家の中から出てこない。二人をあやす祖母の声が戸口の外に立った|鈴《すず》の耳に届いていた。
なあに、と陽気な声を出したのは、鈴の横にいる男だけだった。
「|青柳《あおやぎ》さまはお|大尽《だいじん》だからね。|綺麗《きれい》な着物も着せてもらえるし、|行儀作法《ぎょうぎさほう》だって教えてもらえる。|年季《ねんき》が明ける頃にはすっかり|垢抜《あかぬ》けて、どこに出しても恥ずかしくないお|嬢《じょう》さまになってるかもしれないよ」
男は言って、一人で声高く笑った。鈴はそんな男を首をのけぞらせて見上げてから、目の前にあるあばら屋をもういちど見渡した。傾いた柱と|歪《ゆが》んだ|茅葺《かやぶ》きの屋根。中は|土間《どま》と|二間《ふたま》きりで、そのどこもかしこもやはり傾いて歪んでいた。
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